私が落し込み釣りの「凄さ」を知る切っ掛けとなったのは、現在の師匠である佐藤達夫さん(東京湾黒鯛研究会.幹事長/江戸前 黒鯛達人会 会長)との出会いです。

 佐藤さんと出会わなければ、今でも磯でコマセを撒いて黒鯛やメジナを釣っていたと思います。

 表現を変えれば、佐藤さんに出会しまったが為、昔からの「夢」であったサラリーマンから漁師への転職が現実の事となってしまいました。
 即ち、私の人生を狂わせる切っ掛けを作ったのが、「黒鯛の落し込み釣り」と「師匠との出会い」でした。


 上文でグダグダ人性の曲がり角について記載しましたが、
 最終的に脱サラし漁師へ転職するヒキガネとなったのが黒鯛の美しさです。
 「白銀に輝く美しい魚体」を毎日見ていたいとの気持ちを押さえることができませんでした。(~o~)

  
 美しいと言っても、天然真鯛の美しさには遠く及びません。
 どちらの魚も活きている時は実に美しい。

 黒鯛が白銀の鎧を着た戦士なら、真鯛はピンクのドレスを着たお姫様のようです。
 特に真鯛の目の上にあるブルーのアイシャドーは、正に美の極地です。


 私に伝授された『黒鯛.落し込釣り』がどんなに凄いかはこれから説明しますが、当初、『落し込み釣り』など一度も体験したことがない素人の私が、夏場の2ヶ月間で名人と呼ばれ、他の釣り人より黒鯛の数が釣れるようになってしまったのです。

 そればなぜか?
 理由は簡単、落し込み釣りの核心部分を教えてもらったからです。

 そして、その核心部分を理解する事により、黒鯛の習性を利用した攻め方と釣り方、釣れる可能性の高い場所を攻める眼力など、様々な事を学びました。

 尚、下記で説明してある堤防の釣果に付いては、東京湾以外の地方で釣りをされている方にとっては、たいした枚数ではないと思います。

 ですが、東京湾では立ち入り禁止の場所が多く、有料で渡船できる堤防も少なく狭いことから、各堤防は釣り人だらけとなり、おのずと釣れる黒鯛の絶対数が少なくなります。
 地方の方にとっては、HP内の文章はお役に立たないかもしれませんが、まあ、参考までに!



■師匠との出会い
 師匠とはサラリーマン時代、コンピューター関係の研修で出会いました。
 顔が日焼けして真っ黒だったので、話しを聞いてみると黒鯛釣りが大好きとの事でした。

 話しを聞くと・・・・・・。

□ホームグラウンドである神奈川県.野島堤防では、釣れる黒鯛のレギュラーサイズが40〜45cm、48〜50cmクラスも良く釣れるらしい。

□行けば1日、2〜6枚の黒鯛を釣る事ができる。 ボーズは殆ど無いらしい。

□エサはなんと、堤防にビッシリト付着しているカラス貝(ツブ)との事。
 このエサで魚が掛かれば9割以上が黒鯛なので、エサ代は一切かからず、外道であるフグやベラなどのエサ取り対策など存在しないらしい。

□10月の『落ちのシーズン』に釣果でボーズになったら、その年の黒鯛釣りは終わりとし、友人と共同で保有している船で別の魚種を狙って楽しんでいるとの事。
 (現在は大型船を売却してしまったので、釣り船を利用する機会が増えている)


 私にとっては”夢”のような話しばかりでした。
 で、こんな楽な方法で黒鯛が釣れるとは知りませんでした。

 落し込み釣りとゆう釣法で黒鯛が簡単に釣れるとは思っていませんでしたので、当時購入していた釣り雑誌の落し込み釣りに関する記事は、全て飛ばして読んでいました。(~o~)

 また、都心に近い場所で、「50cmを超える大型の黒鯛が良く釣れる」との言葉にも心が動かされました。
 この話しを聞き、是非ともこの『落し込み』とゆう釣り方をマスターしたくなったのです。


 そうそう、落し込み釣りの人気が出だしたのは、リョービが落し込み用品の釣具販売に力を入れだした頃です。
 そして、TVや釣り雑誌で大々的に取り上げられていました。(米山修さんや山本太郎さんや縄純さんなど)
 そして、私が落し込み釣りをはじめたのは、丁度このブームの最中でした。

 ちなみに、この落し込みブームが来る以前は、落し込み釣りを行う釣り人は少なかったそうで、各堤防での釣果もソコソコ良かったそうです。

 師匠がこよなく愛する神奈川県.野島堤防でも、1日50〜100匹の釣果が良くあったそうですが、私がこの釣りをはじめた頃には釣果が激減し、1日の釣果が5〜15匹程度となっていました。


 師匠に教わった『落し込み』が、どれほど凄かったかについて説明しましょう。
  ⇒1年目、8月末からスタート

 4回目の釣行で一度ボーズを体験しましたが、その後10月中旬までボーズ無しでした。
 落し込み釣り、初心者の私がです。


木更津堤
私:約40cm=1匹
初挑戦! 一人での練習
師匠の話しの通り、カラス貝(ツブ)で本当に釣れてしまった! \(^o^)/

当日は話に聞いていた、ミチイトの変化でエサの着底を判断する練習に木更津へ行ってきました。 
木更津へ行った理由は、TVで黒友会の山下正明名人が、黒鯛をバカバカ釣るシーンを見たからです。

野島堤
私: 約40cm=1匹
師匠:40cm以上=5匹
4時間の釣り  師匠は予告通り3匹以上釣っていました。
私に釣り方を教える時間を裂かなければ、もっと釣れたと思います。

この日、師匠は馬の背に渡り5分もしないうちに黒鯛をキャッチ!
ニコニコしながら近付いてきたので、タモの中を見たら2匹の黒鯛が入っていた!
エッ、なぜ?

話では、ストリンガーに付ける時間がモッタイナイからそのまま釣っていたとの事。
これがウワサのモーニングサ―ビス? 超ビックリ!

馬の背で釣れたのは、この2匹だけ、ドック提に移動し、私が野島の初物GET。
野島堤
私: 約40cm=1匹と
50cm2kg=1匹
師匠:45〜48cm=5匹
2回目の野島で、早くも50cm・2kgが釣れてしまった! \(^o^)/
釣ったのは青灯。
自己記録更新でウキウキ、午後からドック提に移動し1匹追加。

この日のTOPは5匹の師匠、2位は2匹釣った私だった。
堤防では100人近い釣り人が竿を出しているが、堤防全体で釣れたく黒鯛は10匹ぐらい。
「この釣り方は秘伝」と言われた理由が良く分かった!
東京港中央提
私: ボーズ
師匠 45〜48cm=5匹
約3時間の釣り。
この時の状況に付いては、項目【エサをいかに自然に落すか】に記載してあります。

東京港中央提
私: 40〜49cm=10匹
師匠:45〜48cm=7匹
約3時間の釣り。
この時の状況に付いては、項目【エサをいかに自然に落すか】に記載してあります。
木更津堤
25〜35cm

チンコロ多し
季節は10月中旬。
師匠曰く、黒鯛のシーズンは終わったと言って船の釣りに変更。

私は初挑戦ではじめて黒鯛を釣った木更津堤防へ・・・。
何度か釣行し、ボーズはなかったのですが、釣れるサイズは小さく35cm以下ばかり。

しかし、周囲を見ても黒鯛が釣れているのは初心者の私ばかり。
何年もこの釣りをしているようなカッコイイ釣り人が魚を釣る光景は滅多に見ませんでしたので、いつもヒーロー。
■この年の感想
 初挑戦した年の落し込み釣りはボーズが1回のみ。
 大型が釣れる確率が高い事を知った。

 コマセ釣りと違い、エサ代がかからず、フグやヘベラなどのエサ取りに邪魔される事が殆どない。
 尚、カニエサの必要性を知り、カニ採りのコツを覚える。
 落し込み釣りの凄さに感動し、私の磯釣り釣りスタイルの釣り方を変える切っ掛けとなった。

 その後、冬場は師匠と船の釣りを覚え東京湾をクルージング!
 この年、黒鯛が釣れなければ脱サラなどしなかったかも?
 多分?
 黒鯛との出会いが私の人生を狂わせた。
 あの時釣れなければ・・・、今頃はサラリーマンをしていたかかな〜?(^o^)
■ご注意 残念なことですが、中央防波堤付近は全て立ち入り禁止となっております。




■昔話:落し込み釣り2年目の夏の出来事
 2年目の夏場、野島堤防での出来事です。
 サラリーマン時代の釣りは土日でしたので、沖提には120〜180人近い釣り人が竿を出しています。

 東京湾の場合、立ち入り禁止の場所が多く、釣り可能な堤防が限られているので、土日の堤防は何処も満員御礼となります。

 何名かの釣り人が黒鯛を釣り上げていますが、数えるほどしか釣れていません。
 しかし、信じられない事に、私と師匠にはポツリ・ポツリと黒鯛がヒットするので、2匹・3匹と数が伸びて行きます。

 回りの釣り人からは、「エッ、また釣れたの!」と苦笑いされ、どことなく冷たい視線を感じます。
 そう、釣り場では皆がライバルですので、他人が釣ると悔しいんですよね〜。(~o~)


 この頃、土日の朝5時から夕方4時までの間に、堤防全体で釣れた黒鯛の半分の数を、私と師匠の2人が釣っていたのですから正に驚きです。

 毎週の様に、2人で堤防全体の釣果の半分を釣るとゆう信じられない事実が、黒鯛の魅力にドップリ漬かってゆくキッカケとなりました。

 また、師匠に教えてもらった落し込み釣りの凄さを物語るのに、皆さんが一番納得しやすい例としては、野島堤防の釣り大会での成績だと思います。
 (年1回/最長サイズ1匹の計量で順位決定)

 全国的に有名な場所での釣り大会ですので、参加者は約200名以上、防波堤の上はまるで鳥山、人・人・人です。

 この最悪状況の中、師匠は未だにボーズなし。
 私は11回出場しボーズは1回です。

 この大会には1989年にはじめて参加し、その年になんと優勝してしまいました!(~o~)v
 毎年連続で出場していましたが、2000年に初めてボーズとなってしまいました。(でもバラシ1回)

 しかし、弟子の私の方が成績は優秀で、1位×1回 3位×2回です。
 師匠は2位が1回のみ。 

 その後、私が漁師の仕事と兼業ではじめた釣り船(福の神丸)の仕事で行けない年に、師匠が再び2位になったとの報告がありました。
 俺も行きたかったな〜。(~o~)

 また、師匠は1998年頃の大会で5匹の黒鯛を釣り上げ、回りの釣り師から嫌な目で見られたそうです。
 だって、周りりでは魚が釣れずイライラしているのに、「この魚は小さい」と言って、タグを打ちリリースしてしまうのですから・・・。

 そして、「佐藤さん、頼むから俺のソバに近付かないでくれ!」とか、「アッチの堤防へ移動して釣ってくれ!」とか言われまくったそうです。(~o~)
 まあ、そんな感じで、黒鯛の落とし込み釣りにはまっていきました。



■参考文章: 師匠と弟子の関係
 師匠の一番弟子は鈴木義人(通称:yosi)さん、私は二番弟子。
 三番弟子は黒研のヘチ釣り講習会に参加し、師匠にこの釣りを教えてもらった奥様(通称:かあちゃん)。
 かあちゃんは2人の子供を持つ奥さま、ダンナがツリキチの影響で自分も病気となった。

 四番目は、前田宏巳くん。現在黒研所属。
 佐藤さんと知り合ったきっかけは、佐藤さんの勤める会社の敷地内に駐車されているトラックの窓ガラスに、50cmぐらいの黒鯛の魚拓が張ってあったそうで、黒鯛の話で盛り上がり、いつしか弟子入りとなる。
 成績は優秀で、2002年度は年間の釣果で師匠を負かした。
 「お前もその内、前田に負かされるぞ!」と脅かされている。(^o^)



■参考文章: 一番弟子 鈴木義人さんのプロフィール
 一番弟子である鈴木義人(通称:yosi)さんは、HP”飛び込め釣り仲間”主催者+クロパラのご意見番
 釣りのクラブでは、横須賀BFC所属
 黒鯛検索サイト 全国黒鯛サイトWeb Ring 主催

 佐藤さんと知り合ったきっかけは、佐藤さんの姉ちゃんが義人さんの兄貴と結婚したから。
 で、釣りの関係で馬があったらしい。

 当時yosiさんはヘラブナ釣りに夢中だったそうだが、落し込み釣りを教えたところ、私同様に初心者とは思えない釣果を連発し、その後、野島の名人と呼ばれるようになる。

 佐藤さんの話では、落し込み釣りの基本や理論、数を釣る為のテクニックや秘密の釣り方など、私の時のように教えていないそうで、ホボ独学で覚えたらしい。
 が、初回は佐藤さんが教えたので一番弟子との事になっている。

 時は過ぎ、
 当時、野島で知り合った野島の名人である角田さん(黒研所属・横須賀BFC会長)と、神奈川県の久里浜へホームグラウンドを移す。
 そして、久里浜の有名人となる。

 当時、久里浜での落し込み釣りは堤防がメインだったが、yoosiさん&角田さんでアシカ島(磯)での落し込み釣りを開拓し世間に広まるようになる。

 当時のアシカ島は石鯛のポイントと言われており、黒鯛は外道的な存在(釣ったその場で足で蹴っ飛ばして放流)であった為、黒鯛を真剣に狙う釣り人はいなかったらしい。
 で、この2人の開拓によりに徐々に人気が出てきた。

 黒鯛を真剣に狙う釣り師が少ない頃には、短竿で十分楽しい釣りが可能だったそうだが、黒鯛の数が釣れる事知った釣り人がアシカ島を好んで目指すようになる。


 一般の釣り人は時を増す毎に増え続けたが、短竿を使いエサを遠投する事ができない方が多く、釣果が伸びず苦戦していたらしい。

 しかし、yosiさんと角田さんは野島で学んだ遠投技術を身に付けているので怖い物なしだったらしい。
 その後、アシカ島の釣りは短竿から長竿の釣りへと変化を見せる。

 長竿が支流になったのは”米山名人率いる米山軍団”がアシカ島の釣りにのめり込んでからで、短竿のデメリットをカバーし、遠投も楽な事から皆が使い出した。
 これで、日頃から痛い目にあっていた連中が、yosiさん&角田さんの釣果に並んだのである。

 また、飛距離を出す為、タイコ型の横転リールやスピニングリールを使い出したのも米山軍団だそうで、現在の長竿+スピニングリールが基本アイテムとなってしまったらしい。(^o^)
 もちろん、拘りを持つ落し込み師はタイコリールを使っている。


 ちなみに、黒研の大会では、”タイコリール使用”との誓約が必ず付く。
 これは、遠投の技術が無いと釣果を伸ばすことができないので、「各自技術力を身につけよ!」との意思を伝える為。

 実際は他人に釣られて悔しい目に会うのがイヤだから、米山さんが考えた作戦???(^o^)
 (米山修さん= 昔リョービのテスター 東京湾黒鯛研究会会長 野島カイズクラブ所属 まるた会所属)


 以上の理由により、yosiさんと角田さんは久里浜では有名人であり名人でもある。
 現在、私と師匠の佐藤さん・角田さんは東京湾黒鯛研究会(通称:黒研)に加入している。

 で、黒研発足2年目に米山さん・千葉さんより入会の誘いがあり了承した。
 yosiさんも同時に誘われたが、仕事の都合で土日が休めないので辞退した。

 こんなところかな〜
 そうだ! 私にHPの作り方や文章構成などを指導してくれたのはyosiさん。
 義人さんの宣伝のお陰で、現在も福の神丸は商売繁盛となっている。(^o^)v


 そうそう、黒研に加入するまで、師匠から教わった落し込み釣りは「他人には絶対他言してはならぬ」と秘伝の扱いをされていた。

 だが、黒研の活動は、「後世に関東流の落し込み釣りを伝えてゆく」との理念があり、しかたなく他の釣り師の方に伝えることとなった。

 同様に、このサイトでも文章を記載することとなりました。
 まあ、実際には文章では伝えられないことが多く、私や師匠の釣り方を、実際に目で見て覚えるしかありませんけど・・・。



■最後に
 私が黒鯛の魅力に引き込まれてしまったが為、どんな漁師生活を送ったかについては、【自己紹介】の項目を見て頂ければ理解できると思います。

 実際は、黒鯛釣りの外道であるスズキ・メバル・カサゴと格闘する生活です。
 理由は価格が良く、数が釣れるからです。

 近年、堤防から黒鯛を楽しく釣る機会が無くなってしまいました。
 ついでに、釣り船(福の神丸)の仕事が忙しくなり、趣味の釣りが一切できなくなってしまいました。

 大変残念ですが、まあ仕方がないですね!
 しかし、仕事は超楽しい。 ルンルン!


   【秘伝の黒鯛「落し込み」釣り】


【師匠との出会い、落し込みの凄さと魅力】